滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」【その1】 (1/3ページ)

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滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」【その1】

山陰地方出雲の支配権を獲得し、戦国大名として発展した「尼子家」。尼子家には屋台骨となって主家を支えた武将が存在した。数々の武勇を残し、後世に名を刻んだ男「山中幸盛」である。

「山中幸盛 月百姿」 月岡芳年 画

今回は「山陰の麒麟児」と謳われ、尼子家の再興と打倒・毛利に生涯を捧げた男、山中幸盛の伝説をご紹介する。

出生から家督相続

山中幸盛・通称「鹿介(しかのすけ)」は1545年に出雲国(現在の島根県)で生まれたとされている。山中家の正確な起源はわかっていないが、数世代にわたって尼子家に仕えた家臣の一族であった。

父・「満幸」は早世しており、母親の手によって育てられたため、幸盛は貧しい少年時代を過ごしたという。戦場経験は非常に早く、8歳で敵を打ち、13歳の時には首級を上げたといわれる。16歳で、生来病弱であった兄の「幸高」に変わり家督を相続している。

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