家督が継げなきゃ自力で家を興す!関ヶ原で活躍した信長の甥・織田長孝の武勇伝【上】 (3/4ページ)
「やぁやぁ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ……我こそは織田河内守長孝!いざ尋常に、槍合わせ願おう!」
「ふん……若造め!この羽柴武蔵が槍の錆にしてくれようぞ!」
半右衛門は信長の弔い合戦(山崎の戦い。天正十1582年)をはじめ、数々の武功によって秀吉から羽柴の姓を名乗ることを許された歴戦の猛者。片や初陣の源二郎ですが、ここで怯んでは織田家の名が廃ります。
「吐かせ!この老いぼれめが、引導を渡してくれるわ!」
大言を口にした以上、もう後には退けません。源二郎は必死の思いで槍を突き出し、半右衛門の繰り出す老練の槍筋を受けては躱(かわ)しての大立ち回り。
「御屋形様っ!」
両雄一歩も退かないところへ、源二郎の家来である矢田太兵衛(やた たへゑ)が半右衛門の左鐙(あぶみ。足を乗せて身体を安定させる馬具)から足を外し、引きずり落としたところへ同じく家来の山崎源太郎(やまさき げんたろう)がやって来て、半右衛門の首級を掻っ切りました。