家督が継げなきゃ自力で家を興す!関ヶ原で活躍した信長の甥・織田長孝の武勇伝【上】 (4/4ページ)

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「敵将・羽柴武蔵守、わしらが大将・織田河内守様が討ち取ったぞ!」

するとそこへ、玉木五右衛門(たまき ごゑもん。津田長門守次郎左衛門信成の家来)がやって来て言いがかりをつけました。

言いがかりをつける五右衛門

「やいうぬら、その首級はうちの長門守様が上げたんじゃ。横取りするんじゃねぇ!」

「「何だと!」」

太兵衛と源太郎は五右衛門と口論の結果、斬り合いとなって相討ち、三人とも息絶えてしまったので、やむなく源二郎は他の者に半右衛門の首級を持たせ、家康の陣地へ向かわせたのでした。

さぁ、敵は総崩れ。どんどん追撃して更なる武功を立てる絶好のチャンスを、源二郎は活かせるのでしょうか。

【続く】

※参考文献:
桑田忠親『太閤家臣団』新人物往来社、1971年1月
戦国人名辞典編集委員会 編『戦国人名辞典』吉川弘文館、2005年12月
家臣人名事典編纂委員会 編『三百藩家臣人名事典』新人物往来社、1987年11月

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