日本橋、遊郭、長屋…浮世絵で見る、江戸時代を生きる人々のタイムスケジュールはどうなっていた?【その1】 (7/10ページ)

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江戸八景 日本橋の晴嵐(部分) 画;渓斎英泉

江戸八景 日本橋の晴嵐 (棒手振り・部分) 画:渓斎英泉

“棒手振り”の人達は朝早く日本橋の魚市場に行って商品を買い揃え、おかみさんたちがご飯を作る時刻に間に合うように色々な商品を売りに来ました。当時は冷蔵庫も無かったので、その日食べるものはその日に買うというスタイルでした。

この“棒手振り”という職業は、天秤棒と桶があれば始める事ができるということで、商売を初めたいと思う人は割と簡単に始めることができる仕事でした。

朝五つ(午前7時から午前9時頃) 子どもたちは寺子屋へ

さて、急いで旦那さんを仕事へ送り出した後、子供がいれば寺子屋へ行かせます。江戸時代、長屋に住む親たちも子供の教育は大事なものと考えていました。字も読めない、数も数えられないではこれから生きていくことが出来ないからです。

前述の通り、長屋に住む男子は早ければ8歳か9歳には、職人や商家に奉公するために家を出なければなりません。また女子の場合は商家に奉公に出るか、もしくは縁あって武家屋敷などに奉公に出ることが出来れば、将来の嫁入りの履歴書に大きく光る経歴ともなります。

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