ちゃんと仕事してるのに…「油を売る」のが、どうしてサボりの代名詞と呼ばれるのか? (1/2ページ)
「どこで『油を売って』いたんだいっ!」……お使いの帰りに寄り道なんかして遅くなると、よくこう言われたものでした。
仕事をさぼって時間をつぶすことを「油を売る」と言うのはよく知られる通りですが、よく考えてみればちょっとおかしいと感じます。
昔から油は夜闇を照らす灯りとして重宝され(食用油が一般家庭に普及したのは明治時代以降)、それを商うことは立派に世の中の役に立っており、それをサボりと見なされるのは心外です。
かの松波庄五郎(まつなみ しょうごろう。後の斎藤道三)だって若い時に勤しんで身を立てた油売りが、どうしてサボりの代名詞にされてしまったのでしょうか。
由来は油の量り売りから現代であれば、油はビンなり缶なりペットボトルに詰められているので、一ついくらで売り買いすればいいのですが、昔はお客さんの持ってきた容器に流し込む、量り売りスタイルが一般的でした。
油売りは相手がどんな容器を持ってこようと、自分の用意したマス(一合≒180ccとか一升≒1.8ℓとか)で油を汲んで、そこに注いで「一合or一升いくら」で売ることになります。