歴代総理の胆力<最終回>(1)激動を乗り切った昭和後期総理 (1/2ページ)

アサ芸プラス

歴代総理の胆力<最終回>(1)激動を乗り切った昭和後期総理

 伊藤博文から安倍晋三まで62人の明治・大正・昭和・令和と、日本の舵取りを担った総理大臣のリーダーシップ、それを支えた「胆力」を点検してきたが、いよいよこの連載も最終回である。その総括として、改めて足跡を残したトップリーダーと、その時代背景を早足で振り返ってみたい。

 明治・大正期は、日本が急速な近代化を突っ走った時代であった。260年以上にわたった徳川幕府の朝廷への大政奉還後、大久保利通、西郷隆盛らの薩長藩出身の志士たちが、その舵取りを担い明治新政府を設立した。近代化のために積極的に西洋文明を取り入れた「文明開化」の中で、自由民権運動の機運が高まり、1885年に初の内閣制度が発足、初代総理大臣として伊藤博文が任命されている。大日本帝国憲法が発布され、日本の「憲政」の幕が開いた時代ということであった。

 やがて近代化改革も成し遂げるが、一方で欧米列強への仲間入りを目指したことで、日清・日露戦争、第1次世界大戦へ参戦、これがその後の昭和で、軍国主義、帝国主義として世界とあつれきを生むことになっている。この明治・大正期では、日本初の「政党内閣」を誕生させた大隈重信、「平民宰相」として強力なリーダーシップを見せた原敬に、今日の政党政治への「先見性」を見ることができた。

 昭和に入り、特に前期(戦前)は、軍国主義、帝国主義の台頭が避け難く、満州事変を機に軍部の暴走は拍車をかけ、言論封殺の一方で日中戦争、太平洋戦争に突き進んだあと、国際的な孤立を余儀なくされた時代であった。この時代、トップリーダーに切れ者は多かったが、結局はファシズム的な風潮に流されたリーダーが多かった。中でも浜口雄幸、犬養毅、鈴木貫太郎は、自らの政治信念を譲らずの「胆力」がうかがえたものであった。

 その後の1945年夏の太平洋戦争敗北を機とする昭和後期になると、民主化へ向けての「国民主権」「基本的人権」「平和主義」の三つを原則とする日本国憲法のもと、「平和国家」への道を模索した。戦後復興から高度成長への道を突っ走り、一方で政治的には自民党VS社会党という「55年体制」が定着したのが特徴的であった。

「歴代総理の胆力<最終回>(1)激動を乗り切った昭和後期総理」のページです。デイリーニュースオンラインは、内閣総理大臣小林吉弥吉田茂佐藤栄作田中角栄社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧