ありふれた銅像に意外なドラマが?南房総の観光事業を興した島津良男のエピソード (3/4ページ)
船旅の「特別感」をカギに、観光客の誘致に乗り出す
「せっかく航路を維持しても、利用者が少なければ存続できない……と言って、そもそも金谷の人口はそんな多くないし……そうだ!」
良男が考えついたアイディアは、地域資源の発掘による観光客の呼び込みでした。
「金谷には昔から温泉があるけれど、それだけでは弱いので、鋸山の奇観(※)と、獲れたて新鮮な海の幸、そして『船旅』要素を組み合わせることで、非日常な特別感を味わってもらおう!」
鋸山の名所「地獄のぞき」。房州石を切り出していたからこその絶景スポット。
(※)鋸山の石切り場跡は、岩を四角く切り出したため、遠目でもキュービックな山肌が楽しめます。
金谷には東京都心から陸続き(鉄道)でも来られるけど、そこにあえての船旅を挟むことによって、来るまでの道のりも楽しんでもらうことが可能となります。
金谷をはじめ、房総半島の地元民には当たり前な船での移動も、都市部の人たちには新鮮な体験となるはず……果たして良男たちの読みは当たって、昭和三十1955年に開かれた金谷港は大盛況。
後に「春に夏に秋に冬に観光の客陸続として後をたゞざる(※銅像の銘文より)」と称賛されるまでに賑わったのでした。
終わりにそして現在。