精神保健福祉士が考えるキューブラー・ロスの死への第4段階「抑うつ」 (2/2ページ)

心に残る家族葬

これから起こること、自分が失うものに対しての抑うつであり、それに対して元気づけるという行為は、死ぬことについて考えるなと言っているようなものである。キューブラー・ロスは、意味のない励ましであると言い切っている。

■死について考えないことと考えることはどちらが正しいか

私たちはしばしば、悩み事に対して、あまり悩まないようにと気晴らしをすることがある。それは、悩んでいる誰かに対しても同様であろう。ここで、考え方を紹介したい。逃げることが強さか、悩むことが強さか、というものである。心身の安全のために危険を回避する選択できることは、賢明であり強さである。同様に、悩んでも起こり得る結果を自分に変えることができないと知りながら悲しみの中に居続け悩むことができるということも強さであるという考え方がある。死ぬ過程にいる場合は、避けられない死について十分に苦しんだのちに抑うつ状態に至った。これは、後者にあたる。もう十分な強さを持っている人に元気を出してと、どうして言えようか。

周囲の人が持つ元気を出してと願うことはごく当たり前の感情のように思う。ただ、死ぬ瞬間まで人間が成長するならば、死への過程で抑うつ状態にある瞬間も人は成長しているのではないか、と考えてみてほしい。ここまで問うと、キューブラー・ロスが言う“意味のない励まし”という言葉に対して、少し頷くことができるかもしれない。

■ありのままの自分

悲しんでいい。元気を出さなくていい。あなたのままでいてくれたらそれでいい。周囲の人がやるべきことは、そんな想いをもって、本人との間に起きてしまう認識の差を埋めていくことである。鼓舞するのではなく、心が穏やかになるように。目を背けるのではなく、悲しみに居続ける強さを尊重するように。心の温度を上げるのは、言葉にならない声かもしれない。心を通わせよう。

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