打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【中編】 (1/2ページ)

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打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【中編】

尾張国の大名「織田信長」を伴って上洛を果たした「足利義昭」は室町幕府15代将軍に就任した。お互いの利害の一致から協力関係にあった義昭と信長だったが、時の経過と共に少しずつ関係性に亀裂が見えはじめる。

【中編】では対立関係となった2人の行動をご紹介していく。

前回の記事はこちら

打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【前編】

義昭VS信長の経緯 ①殿中御掟(でんちゅうおんおきて)

伊勢国における一件後の1569年と70年。信長は義昭に対して「殿中御掟(でんちゅうおんおきて)」を承認させている。これは信長から義昭に対する将軍権力と政治権限を制限するための規定であった。

義昭は信長の要求をのみ掟を承認する。殿中御掟は一方的に信長有利の掟というわけではなく、信長も義昭の求めた室町幕府内の身分秩序に自らを位置付けるという要求を受け入れている。しかし、これらの掟を義昭が遵守したわけではないようで、以後の対立関係のきっかけとなった出来事には違いない。

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