戦国時代の武芸を祖先に持つ世界が認めたエロティック・アート「緊縛」【前編】 (4/7ページ)
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緊縛
『不動明王立像』(一部)(画像:国立博物館所蔵品統合検索システムより)
上の画像は、『不動明王立像』(所蔵:東京国立博物館)の腰から下を拡大したものです。左手にロープ状のものを持っているのがお分かりでしょうか?これは「羂索(けんさく)」と呼ばれ、不動明王が必ず携えている武器の一つです。
「お不動さん」として今も広く信仰される不動明王は、右手の「降魔の剣」で邪を祓い、人の煩悩を断ち切ります。そして、なおも煩悩から逃れられない衆生がいれば、左手の「不動の羂索」で縛り上げ、吊るし上げてでも苦しみから救い上げてくれるのです。
縄が武具としての地位を得た理由。それは「不動の羂索」と同一視されるようになったためなのです。そこには、「罪人を含め、あらゆる人々を救おう」という仏教思想が表れています。
和歌・和装と「縛り」の意外な共通点とは?このようにして、「縛る」という行為には、実用性に加えて儀式的な意味も求められるようになりました。また、不動明王と五行説とのつながりによって、縄の扱いや縛る際の所作にもこの説の影響が表れてきます。
「五行説」は中国発祥の自然哲学思想で、後に陰陽説と合体して陰陽五行説として発展してゆく考え方です。四季のある日本では季節と深く結びつき、人々の暮らしに大きく影響していました。
五行説の影響により、室町時代のある時期には、四季ごとに縄の色と打つ(縛る)方角が変えられていたといいます。