将軍に年貢減免を直訴して処刑!?“農民の神”佐倉惣五郎「義民伝説」 (3/3ページ)

日刊大衆

■明治時代の民権家らが惣五郎を運動に利用!

 とはいえ、実在が確認できたところで、惣五郎が実際、将軍に直訴して多くの百姓を苦しみから解き放った美談の証拠とまではならない。

 ところが、直訴から少しあとの時代である万治三年(1660)の年貢割付状の裏書も見つかり、「先の地頭(正信)の時代の年貢は高いから、二分引き下げに赦免する」とあることから、正信時代の佐倉藩の年貢の高さに加え、幕府の沙汰でこれが減免された事実も分かった。

 ただ、二分は二パーセントに当たり、伝承の基になった『地蔵堂通夜物語』が二割の減税とした矛盾について、以上の事実を突き止めた歴史学者の児玉幸多氏は著書(『佐倉惣五郎』)で、二分がいつしか二割に誤って伝わったためとしている。

 この他、同氏の研究により、●惣五郎の祟りがあることから里の者らが石の祠を建てた●藩主の正信が佐倉城北西の将門山に石の鳥居を寄進した●将門山に建てられた祠が「惣五の宮」と称された――なども明らかになった。

 以上、彼が死後に祟る存在となり、それを鎮めるために寄進などが行われていることからも、伝承の細部までを信じることはできないにせよ、一命に代えて年貢の減免を勝ち取った惣五郎という義民がいたことは事実と考えてよさそうだ。

 一方、江戸時代に「一揆を成功させる神」だった惣五郎は明治になると、民権家が彼を自分たちに重ね合わせ、こぞって自由民権運動に利用した。

 いずれにせよ、現在のコロナ禍の時代にも惣五郎のような救世主に出現してほしいところ。少なくとも今こそ、庶民を救う義民の登場が待ち望まれていることだけは確かだろう。

●跡部蛮(あとべ・ばん)1960年、大阪府生まれ。歴史作家、歴史研究家。佛教大学大学院博士後期課程修了。戦国時代を中心に日本史の幅広い時代をテーマに著述活動、講演活動を行う。主な著作に『信長は光秀に「本能寺で家康を討て!」と命じていた』『信長、秀吉、家康「捏造された歴史」』『明智光秀は二人いた!』(いずれも双葉社)などがある。

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