天下に号令する未来を予言?織田信長が贈り物の鷹を辞退した理由とは? (1/4ページ)
訓練された鷹(タカ)を放って獣を捕らえさせる鷹狩り。その起源は紀元前3,000年から同2,000年ごろと言われ、日本でも古墳時代(約3~7世紀)の埴輪に鷹を手にのせたものが伝わっています。
単に食糧を調達するのみならず、飛び回る鷹を追い回しての体力錬成や、広く移動することで地形を把握し、軍略を練ることができるなど、中世の武士たちに好適なトレーニングとして、鷹狩りは広く愛好されました。
戦国時代の革命児として有名な織田信長(おだ のぶなが)もその例に洩れず、鷹狩りの実利性はもとより、鷹そのものの威厳に富んだ優美さを愛し、コレクションしていたそうです。
今回はそんな信長の若き日の、鷹にまつわるエピソードを紹介したいと思います。
関東で求めた二連の角鷹を……今は昔、丹波国穴太城(現:京都府亀岡市)に赤沢加賀守義政(あかざわ かがのかみ よしまさ)という鷹好きの城主がおり、ある時はるばる関東へ下って二連(※)の角鷹(クマタカ。熊鷹)を求めました。
(※)もと。