コロナ禍で「神戸ルネサンス構想」の熟成が進行中、「よみがえる兵庫津連絡協議会」が新年挨拶を掲載 (2/4ページ)
よみがえる兵庫津連絡協議会 兵庫津歴史館 岡方倶楽部 | Facebook
[資料: https://files.value-press.com/czMjYXJ0aWNsZSM3MDY5MSMyNjE5NDAjNzA2OTFfaUVvRVhDTmZQaS5wbmc.png ]
令和3年度には兵庫津の「大坂町奉行所兵庫勤番所跡」に「初代兵庫県庁館」の開館が予定され、更に翌年にはその隣に「ひょうごはじまり館(仮称)」の建設計画も進行中です。
高田氏は「神戸ルネサンス構想」の具体化の一つとして「初代兵庫県庁館」などの箱ものに色を添えるエピソードで肉付け・ロマンを呼び起こしたいと思案していましたが、その想いに火を灯したのが神戸市で震災復興の責任者を務め今は屈指の郷土史家・生き字引の辻雄史氏でした。
「こんな本があるのだけど…。」高田氏より辻氏に託された1冊の本、それが「風史伝・小菊物語」でした。小菊の父・男依は兵庫津で切腹した神戸事件の当事者「瀧善三郎」の従弟で、神戸に惹かれ神戸に居を定めます。読んだ辻氏の行動はす早く、人脈を通してあっと言う間に多くの人手に渡りました。しかしおりしも緊急事態宣言の発動により活動にブレーキが掛かり、具体的な活動の相談が実現するまで半年以上の月日を要しました。
会談が実現したのは昨年秋の11月15日。高田氏の想いがさく裂しました。「神戸の街に夢をロマンを取り戻したい…。」
「風史伝・小菊物語」の著者・自然海遠氏と高田氏の出会いは3年前、兵庫津の出在家町で商人だった高井繁蔵の手掛かりを求め、自然海遠氏が高田氏を訪ねたのが縁の始まりです。そして明治の古地図から高井徳三郎の名を見つけ、兵庫津に託す思いを高田氏から聞かされた自然海遠氏が記した稗史「風史伝・小菊物語」が誕生、高田氏に謹呈されました。