卑弥呼のモデルとされる「倭迹迹日百襲姫」とはいったい誰?正体を日本書紀の記述から推測【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

大物主神は『記紀』が成立する前から、大国主神と同一神であると認識され、三輪山(みわやま)には出雲の神が祀られていたのです。

そして、この伝説で注目すべきは、倭迹迹日百襲姫が大物主神の神意を語ったのに何も効力がなく天皇自らが受けたお告げが効力を発揮したという点です。

崇神王朝内におけるシャーマンとしての倭迹迹日百襲姫の存在に、何やら暗い影が見え始めているようです。

※注1:さちみたまは、運により人に幸福を与える神力。くしみたまは、奇跡により人に幸福を与える神力。

出雲の神を牛耳るヤマト政権

出雲国造家が代々宮司を務める出雲大社。(写真:出雲大社)

さらに、『日本書紀』崇神天皇60年の条に記された記述を紹介しましょう。

崇神天皇は、出雲国造家の祖である出雲振根(いずものふりね)に命じ、出雲大社の神宝を献上するように命じた。命令に従い、出雲振根の弟が神宝を献上した。この時、振根は九州に行っていて出雲を留守にしていたが、戻ってくると、勝手な行いをしたとして弟を殺害した。

怒った崇神天皇が、振根を討伐したため、出雲臣はしばらくの間、出雲の神を祀ることをしなかった。

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