戦国時代のスナイパー!火縄銃の腕前で武士の身分にまで出世した悪小次郎の武勇伝 (6/7ページ)
つまり、あらかじめ弾薬が用意された火縄銃一丁を抱えてギリギリまで敵に接近し、慎重に狙いを定めて見事に命中させ、その敵を倒した証拠(目撃者の言質をとったり、名乗りを上げたり)を確保した上で生還せねば、確認殺害戦果としては認められないのです。
遮蔽物に身を隠し、自分の射撃順に備える足軽たち。Wikipediaより。
もちろん、大勢の鉄砲放と共に連係プレーで一斉射撃を喰らわせ、それによって敵を倒した方が安全な上に効率的ですが、それでは「小次郎が撃ち倒した」証拠にならず、武功を求める者たちは、時として命を賭した抜駆けを敢行したのでした。
ゲームや講談なんかだと、敵兵をバッタバッタとなぎ倒し……という描写が人気を呼びますが、人を殺すというのは決して簡単ではなく、同時に自分の命も賭けねば成し遂げえないことを改めて実感します。
エピローグさて、数々の修羅場をくぐり抜けた小次郎がいつから武士の身分に取り立てられたのかは未詳ですが、息子の悪八左衛門(やざゑもん)、孫の悪弥左衛門政道(まさみち)、曾孫の悪弥左衛門道正(みちまさ)と代々「三十人通(さんじゅうにんどおり。毛利家における武士身分)」となったのでした。