平均寿命が120歳になったらどう生きる? テリー伊藤が田原総一朗に聞く! (2/4ページ)

Asagei Biz

すごくおもしろい人で。だから、彼によく言ってたの。「朝日新聞にできないようなことをやれ」と。

テリー へぇ。じゃあ、田原さんにアサ芸の編集長になってもらわないと(笑)。昨年出た「90歳まで働く」を読ませていただくと、田原さんはテレビ東京に入った時から全然サラリーマン的じゃないですよね。

田原 それは、テレビ東京に入ったのがよかったの。まともな番組作っても誰も見てくれないから、他局がやらないような番組を作らないと。それがヤバイ番組、警察に捕まる番組。で、僕、2回捕まった。

テリー ですよね(笑)。

田原 でも、2回とも放送できたし、クビにもならなかった。

テリー いい環境ですよね。それなのに、なんで辞めちゃったんですか。

田原 「原子力船むつ」というのがあったでしょ。あの時に取材に行って、推進派も反対派も言ってることがムチャクチャだった。それで筑摩書房の「展望」という雑誌で連載を始めたの。そこで「原子力反対の市民運動はあちこちに起きる。その中で原子力推進の市民運動が起きた。なんとバックに大手広告代理店の電通がいるのがわかった」と書いちゃった。

テリー へぇ。

田原 そうしたら電通が怒って「こんなことを書いたヤツのいる会社にはスポンサーやらないぞ」と。当時のテレ東は三流だからね、電通からスポンサーをもらえなかったら潰れる。だから役員が「連載をやめるか、会社辞めるか、どっちか選べ」と。で、どっちも選ばなかったら、部長と局長が処分された。で、しかたなく辞めた。42歳の時。

テリー 42で会社を辞めるって勇気いりますよね。

田原 でも、もし60までいたら、それで終わってたと思う。40代で辞めたから何かやらなきゃいけなかったんだね。

テリー 辞める不安はなかったんですか。

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