戦国時代のハニートラップ!日本初の火縄銃づくりに貞操を捧げた17歳の乙女「若狭」【後編】 (5/5ページ)

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まして大航海時代の白人と言えば世界中を侵略し、有色人種を片っ端から奴隷としていましたから、もしかしたら若狭は南蛮人の妻ではなく、女奴隷くらいにしか思われていなかった?のかも知れません。

エピローグ

月も日も 大和(やまと。日本)の方ぞ なつかしや わが双親(ふたおや。両親)の あると思えば

若狭

右側の石碑かと思いきや、左側に生えているソテツの根元にある小さな石が若狭の墓。ソテツというのが南国らしい。Wikipedia(撮影:みっち氏)より。

ともあれ、若狭が捨て身の覚悟で南蛮人から聞き出したネジの技術は、火縄銃の量産化を進めると共に、日本のものづくりを大きく発展させることとなりました。

若狭の没年については未詳ですが、その墓所は鹿児島県西之表市にあり、今も蘇鉄(ソテツ)の陰から人々を見守っています。

【完】

※参考文献:
佐々木稔『火縄銃の伝来と技術』吉川弘文館、2003年3月
徳永和喜『種子島の史跡-歴史寸描』和田書店、1983年9月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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