秀吉だけでは天下取りはできなかった! 豊臣秀吉を支えた名補佐役・北政所ねねの手腕【前編】 (4/4ページ)

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ねねに育てられ、秀吉を支える武将となった加藤清正。(写真:ウイキペディア)

2代将軍・徳川秀忠は生涯ねねを保護した

人質の中には、江戸幕府2代将軍となる徳川家康の三男秀忠もいました。大切に育てられた秀忠は、ねねに対し生涯にわたり恩義を感じていたようです。

豊臣家が衰退をたどる中、ねねに対し距離をおいた対応をとる家康とは異なり、秀忠は、彼女の所領を保証し、生涯においてその生活を保護しました。

生涯において、ねねを保護した徳川秀忠。(写真:ウイキペディア)

このように、秀吉の側室や女房衆の管理だけでなく、養子や人質の養育も一身に背負うというねねの活動は、譜代の家臣を持たない豊臣家を内部から支える大きな力となっていたのです。

【後編】に続く……

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