清原和博バット投げ、金田正一顔面キック…プロ野球「衝撃の大乱闘」舞台裏 (2/2ページ)
マウンドの藪氏から、シーズン3個目の死球を食らった清原が激怒。「3回目やぞ!」と、指3本を突き上げた光景は、今もファンの間で語り継がれている。
「あれはもうスコアラーからの情報をもとに“内角をガンガン攻めろ”っていう指示が出ていましたからね。当時は僕がカードの頭で先発をすることも多かったから、余計に印象が強かったんじゃないかな。おかげで後半は内角を使う必要さえなかったですから」(藪氏)
ちなみに、両者の“手打ち”は、後に、ある仲介人によって半ば無理やり実現することになったという。
「僕からしたら手打ちも何もないんですけど、オフの恒例だったゴルフの阪神-巨人戦のときに、川藤(幸三)さんが“おまえら、こっち来て酒注げ”って(笑)。
まぁ、今にして思えば、(右打者の清原に対して)プレートの踏み切り位置を一塁側にしていれば、あんなに当てずにすんだな、とは思いますけどね」(前同)
一方、愛甲氏が所属した時代のロッテといえば、“カネやん”金田正一監督の独壇場。氏いわく「ベンチから“顔ぶつけぇ!”と叫ぶのは日常茶飯事。(ロッテの高卒新人投手だった)前田幸長を、それで萎縮させていた」というから、何をか言わんや、である。
そんなカネやんの“ご乱行”で、とりわけ有名なのが、91年5月19日の秋田・八橋球場での近鉄戦。ジム・トレーバーに対する“顔面キック”事件だろう。
「ベンチ前の蹴りの場面はテレビでもよく流れるけど、直接の原因はその前段。当てた園川(一美)を追いかけて外野でゴチャゴチャしていたときに、監督がドサクサついでにヤツの顔面を踏んだんだよ。正気に戻ったら自分が思いきりスパイクの形に流血してるんだから、そりゃ怒るって(笑)」
ハチャメチャの大乱闘の続きは、2月15日発売の『週刊大衆』3月1・8日号で。