「なぜ?」「どうして?」…伝説のお笑いコンビ「解散」真の理由 (2/3ページ)
『週刊大衆』ではそうした伝説、現役を含め、お笑いコンビの「解散」にまつわる“ドラマ”を追った!
80年代初頭の漫才ブームのリーダー格として人気・実力ともに頂点を極めた、『横山やすし・西川きよし』は、86年にきよしが参院選に出馬して当選すると、コンビの仕事が激減。
「やすしは、きよしとの漫才という生きがいがなくなり、酒量が増え、周囲とのトラブル、不祥事が増えていきました。89年、バイクでの酒気帯び運転で人身事故を起こし、吉本興業はやすしとの専属契約を解除。これが事実上の解散でした。その後も、酒を断つことができずに、96年、アルコール性肝硬変により、51歳という若さで、この世を去ることになりました」(スポーツ紙演芸担当記者)
きよしが出馬せず、コンビを続けていたらと、つい考えてしまうが、「きよし本人は“やすしは(出馬を)一番に後押ししてくれた”とも話しています。当人たちにしか分からない真実がありそうですが、せめて、もう一度だけでも、2人の漫才を見てみたかったものです」(前同)
■『島田紳助・松本竜介』『漫画トリオ』『ザ・ぼんち』円満解散は?
『島田紳助・松本竜介』は、85年に解散を発表。
「リーゼントヘアに、つなぎの作業着姿での“ツッパリ漫才”で大ブレイク。漫才ブームが落ち着き、紳助にテレビタレントとしての仕事が増えて竜介とのコンビ格差が広がる中、突如、解散会見を開きました。