なぜ織田信長は強大な軍団を築けたのか?その理由は卓越した先見性と情報収集力にあった【前編】 (3/4ページ)
(写真:ウイキペディア)
信長の父・信秀は、自領から得られる年貢以外の経済的基盤として、萱津、熱田、津島などの商業都市を保有していました。信秀は、そうした商業都市から得られる財力をフルに用いて、尾張統一を目指していきました。
信秀亡き後、信長は尾張半国とそうした商業都市を受け継ぎます。幼い頃から父の姿を見ることにより、戦国に生きる武家として商業から得られる利益がいかに大きなものかを実感していたのでしょう。
堺市内に残る環濠跡。戦国時代の堺は、多くの南蛮人が出入りする国際商業都市だった。(写真:T.TAKANO)
足利義昭を奉じて入京を果たした信長は、国際貿易都市・堺に狙いを定めます。堺は南蛮貿易の基地として、莫大な利益を町衆にもたらしていました。信長は、武力を背景に町衆を屈服させ、堺を直轄領とします。
そして堺から得られる利益を用いて、新兵器である鉄砲を仕入れ、弾丸、硝薬の供給ベースとしたのでした。