古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介 (2/4ページ)
後半は倭国全体の自然風土や生活文化、魏王朝との外交関係について、そして女王・卑弥呼(ひみこ)の死と臺与(とよ)への継承までが描かれています。
倭の各国は魏王朝へ臣従の意思を示すためにしばしば大陸へ渡らねばならず、危険な航海を成功させるために生まれたのが「持衰」の奇習だったのです。
命がけの安全祈願、その内容は?では、その「持衰」とは具体的に何をするのか、まずは「魏志倭人伝」の原文を見てみましょう。
【読み下し】
その行来・渡海、中国に詣(参)るには、恆(つね)に一人をして頭を梳(くしけず)らず、蟣蝨(きしつ。シラミ)を去らず、衣服垢汚、肉を食わず、婦人を近づけず、喪人のごとくせしむ。これを名づけて持衰(じさい)となす。もし行く者吉善なれば、共にその生口、財物を顧し、もし疾病あり、暴害に遭えば、便(すなわ)ちこれを殺さんと欲す。その持衰謹まずといえばなり。
※一部、文意を変えない範囲で読みやすく直しています(例:其の⇒その、如く⇒ごとく、之⇒これ、等)。