謎に包まれた山城「吉備鬼ノ城」伝説の鬼、温羅の正体は?桃太郎伝説に迫る! (3/4ページ)
ちなみに鬼ノ城の出土品から推定されるのは5~7世紀ごろの築城とのこと。
吉備王国は渡来人が来る前から豊かな経済力と強力な首長を持つ国で、『日本書紀』では大和朝廷が政略結婚を用いて吉備支配を目論む物語が残っていることから、7世紀の白村江の戦いは関係なく、吉備王国が大和朝廷からの防衛拠点として朝鮮人の協力のもと築いた城と考えるのが自然かもしれません。
吉備津彦とは?ではなぜ吉備王国の「吉備」という名を持つ吉備津彦が温羅を滅ぼした話になっているのか。
伝説を更に深く読み込むと、
〈温羅は異国から空を飛びやってきて吉備に降り立ち、この地を治め吉備冠者とも呼ばれていた。4.2メートルの長身で目は獣のように光り、ひげや髪は赤くぼうぼうと燃えさかり、変幻自在に姿を変えることができた。朝廷は五十狭芹彦という勇者を使わしたが互いの武器が空中でことごとくぶつかり、なかなか決着がつかなかったが最終的に温羅は降伏し、吉備冠者という名を献上したが、芹彦は許さず温羅の首をはねる。芹彦は吉備冠者を名乗りこの地を治めた〉となっています。
もともとは吉備津彦は五十狭芹彦という者だったということですね。
しかしいくら退治したとはいえ、悪行をふるった者の名前を名乗りたいものでしょうか?
吉備津彦は五十狭芹彦ではなく、吉備王国の首長の名だったのではという説もあります。
以上のことから桃太郎伝説は、吉備王国の瓦解と支配を正当化するための、大和朝廷の作り話だった可能性が高いと思われます。
吉備王国が大和朝廷の警戒のために作った城は、渡来した外国人「温羅」の悪さの拠点としてすり替え、吉備王国の有力者だった吉備真備は、大和朝廷からの使者「五十狭芹彦」で天皇家の血筋を引くもの、とすり替えた。
文献は全くありませんのであくまで推測でしかありませんが、このように自由に想像するのも歴史のだいご味かもしれません。