刀は武士の魂!映えや流行よりも実戦重視を訴えた武士道バイブル『葉隠』の教え (3/3ページ)

Japaaan

敵を抜き打ち(抜刀と同時に攻撃)するのに適した差し方とのことですが、抜き打ち(柳生流)の心得もない者が形ばかり真似をしても、突き出した柄を敵にとられ、刀を奪われてしまうかも知れません。

(ましてや見栄えだけで刀の差し方を決めてしまうような考えなしの者であれば、なおさら隙だらけだったことでしょう)

片や落し差しは帯の一点だけで支えているため、状況に応じて抜刀時の鞘(さや)角度を変えることが可能なため(水平に抜かないと鞘の内側は傷つきますが)、常に臨戦態勢が求められた実戦向きと言えます。

柳生新陰流は慶長6年(1601年)に時の当主・柳生宗矩(やぎゅう むねのり)が徳川秀忠(とくがわ ひでただ。後に江戸幕府の第2代将軍)の兵法指南役となったことから流行したようです。

剣術とは異なり、戦場ではとにかく敵を倒すことこそ肝要。宝山寺所蔵「新陰流兵法目録事」より。

しかし刀はあくまで敵を倒して身を守り、主君へご奉公するために差すものですから、見映え以上に実用性が求められるのは言うまでもなく、刀の差し方ひとつとっても気を配ることが求められました。

安易な流行へ便乗しようとする若者たちに苦言を呈し、人生の道理や智慧を授けるのは老人の役目……作者(口述者)の山本常朝(やまもと じょうちょう)も、きっとそんな思いだったことでしょう。

※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「刀は武士の魂!映えや流行よりも実戦重視を訴えた武士道バイブル『葉隠』の教え」のページです。デイリーニュースオンラインは、葉隠武士道武士古文書カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る