せっかく寝返ったのに(涙)戦国時代、非業の死を遂げた武将・浅井井規のエピソード (3/4ページ)

Japaaan

浅井氏の本拠地・小谷城(長浜市)へ落ち延びたフリをして、実は秀吉と内通するスパイとなったのです(井規がそれを知るのは、後のことです)。

「多勢に無勢……者ども、退け!退けぇ……っ!」

這々(ほうほう)のていで小谷城へ逃げ帰った井規ですが、彼にもまた秀吉の調略が迫っていたのでした……。

秀吉に内通、浅井氏の滅亡

「……馬鹿な!主君を裏切るなど出来ぬ!」

秀吉から送られた密使の誘いを、井規は断固としてはねつけます。しかし、密使も老練でした。

「最初は皆さん、誰もがそう言うんですよ……ククク……でもね、今にきっと、あなたの方から『織田殿に取り成して下さい』って懇願するようになりますよ……何せ、皆さんそうですからね……ククク……」

密使が何を持ちかけたのかは分かりませんが、結果として井規は秀吉への内通を決断。提示された見返りに目がくらんだか、もしかしたら、まだ幼い喜八郎を人質にとられたのかも知れません。

「……それがしの守るところはあえて隙を作るゆえ、そこから突入されよ……」

「七郎よ、そなたまで……!」自害する長政(イメージ)。

かくして天正元年(1573年)9月1日、難攻不落を誇った小谷城がついに陥落。浅井長政は自害して果てたのでした。

「「「さぁ、約束ぞ。木下殿……」」」

井規はじめ秀吉の調略に応じた浅井家臣らは、次々に約束を果たすよう求めます。が……。

刑場の露と消える

「約束?はて、何のことやら……」

浅井氏の攻略を機に木下から羽柴(はしば※)と名字を改めていた秀吉は、素知らぬ顔で言い放ちました。

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