せっかく寝返ったのに(涙)戦国時代、非業の死を遂げた武将・浅井井規のエピソード (4/4ページ)

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(※)織田家中の重臣・丹羽長秀(にわ ながひで)と柴田勝家(しばた かついえ)にあやかろう=取り入ろうと、それぞれの名字から一文字ずつとったそうです。こういうところが、実にあざといですね。

「御屋形様は、そなたら『裏切り者を、決して許さず処断せよ』との仰せじゃ」

「……そんな殺生な!」

「おのれ、最初からそのつもりで我らを謀(たばか)ったのか!」

「この腐れ外道め……馬鹿、猿、ハゲ鼠……っ!」

口々に罵声を浴びせる連中を鼻で嗤(わら)って畳みかけます。

「黙らっしゃい!よいか、騙すとは信頼を裏切ることであり、敵を惑わすはむしろ武略のあらわれ……そなたらは心に隙があったからこそ欲に目がくらみ、主君を裏切ったのであろう……武士の風上にも置けぬわ!」

主君を裏切った者の末路(イメージ)。

後悔先に立たず……ぐうの音も出ないまま、浅井の旧臣たちは刑場の露と消えてしまったのでした。

「木s、もとい羽柴殿。わしはどうなってもよい。どうか、どうか喜八郎だけは……」

懇願する井規に、秀吉は優しく答えます。

「安心せぇ。我が手駒として大切に育ててやろう……お互いの『裏切り』は伏せて、な」

「忝(かたじけな)い……!」

かくして井規も処刑され、遺された喜八郎は秀吉に保護されて成長。やがて元服して浅井井頼と改名し、羽柴(後に豊臣)政権下で活躍するのですが、そのエピソードはまたの機会に。

※参考文献:
小和田哲男『近江浅井氏の研究』清文堂出版、2005年4月
宮島敬一『浅井氏三代』吉川弘文館、2008年2月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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