八重洲、鍛治町、神保町…どこまで知ってる?江戸時代から続く東京の地名由来を一挙紹介 (1/3ページ)
ふだんなにげなく通り過ぎている町の由来をどこまで知っていますか?
江戸時代から続く東京の地名の由来を一部ですが、2つの分類でざっとご紹介します。
知っている人から意外な人まで~人名編 八重洲オランダ人の朱印船貿易家、ヤン・ヨースデンにちなみます。
慶長五年(1600)、ウィリアム・アダムズ(のちの三浦按針)らとともに航海中、豊後国(大分県)に漂着し、徳川家康に仕えて朱印船貿易に従事しました。日本名は耶揚子(やようす)といい、その名前がなまって住んでいた場所が八重洲河岸と呼ばれました。今は埋め立てられていますが八重洲は海に近かったのです。
八重洲地下街にあるヤン・ヨーステン記念像(Wikipediaより)
紀尾井町
紀伊徳川家、尾張徳川家、井伊家それぞれの中屋敷があったことから、三家から一文字ずつ取って名付けられました。明治以降は政府用地などになり、高級ホテルや大学の一部となっています。また、清水谷公園には暗殺された大久保利通の哀悼碑もあります。