武田信玄が行った人材活用術。それこそが戦国最強軍団を生み出した原動力だった【後編】 (2/6ページ)
それこそが戦国最強軍団を生み出した原動力だった【前編】
家中の団結力こそが国を支える
越前を治めた朝倉義景。信玄と同盟を結び、織田信長と対峙するも、家臣団の離脱と裏切りに会い、滅亡した。(写真:Wikipedia)
「優秀な人材こそが国を支える」との信念のもと、信玄は、さまざまな人材管理術を用いて、その有効活用に努めています。その際、なによりも心がけたのは、有能な個人を優秀な組織人として活用するための工夫でした。
戦国時代、強い大名を支えたのは、強靭な家臣団の団結力でした。
いくら大きな版図(領土)を築こうとも、家中の団結力に一度破綻をきたすと、家臣をはじめ味方勢力の離脱や裏切りが相次ぎ、あっという間に滅亡への坂道を転がり落ちていきました。
越前の朝倉氏、美濃の斎藤氏、周防の大内氏など、そんな滅亡の道をたどった戦国大名は、例を挙げればキリがありません。
そして、なによりも信玄の跡を継いだ勝頼が、家臣団の崩壊からその憂き目にあっているのです。
