武田信玄が行った人材活用術。それこそが戦国最強軍団を生み出した原動力だった【後編】 (3/6ページ)

Japaaan

信玄は、いくら高い能力を持った個人を集めたとしても、優れたチームにはならないことを熟知していました。

個性を重視しスペシャリストを集めた

 甲陽軍鑑(1616年)(写真:wikipedia)

甲陽軍艦(こうようぐんかん)※』には、こうした信玄についてのエピソードが書かれています。

国持つ大将、人をつかふに、一向の侍を好き候て、その崇敬する者共、同じ形儀作法の人計、念比して召し使ふ事、信玄は大きに嫌ふたり。

この言葉の意味は以下のようになります。

「同じような傾向の家臣を集めると、考えや好みも同じ傾向になってしまう。こうしたことを信玄は大いに嫌った。」

つまり、信玄は家臣を採用するにあたり、能力はもちろんのこと、個性や特技も重視しました。こうすることで、武田家中には、柔軟な考え方を持つ、様々な方面のスペシャリストが集まったのです。

※甲陽軍艦:武田氏の戦略・戦術を記した軍学書

【忖度する「イエスマン」を嫌った信玄】

さらに、信玄は常日頃、家臣たちに、

「思うことは心の内にしまわず、何事でも進言するように」

といっていました。

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