古代エジプトにあった3400年前の「失われた黄金都市」が発見される (4/6ページ)

credit:Zahi Hawass Center For Egyptology / Ministry of Tourism and Antiquities
・改革者アメンホテプ4世
1889年に王家の谷で発掘されたミイラの分析から、黄金の都を統治したアメンホテプ3世は、40代か50代で亡くなり、晩年は関節炎や肥満、歯の膿瘍といった病気で苦しんだだろうことが推測されている。
長男トトメスが夭逝していたため、王位は次男アメンホテプ4世が継承した。彼は「アマルナ改革」を遂行したファラオとして知られている。なお王妃は古代エジプト三大美女のネフェルティティ。次男があのツタンカーメンである。
古代エジプトでは当時、太陽神「アメン」を中心とする多神教が広く信仰されていた。しかしアメンホテプ4世はこれを認めず、同じく太陽神である「アテン」のみを信仰する一神教を興したのである。