江戸時代の幕府公認「遊郭」と非公認「岡場所」の費用や遊び方の違い (5/7ページ)

Japaaan

どんな遊女がいたのか おつまみと酒

画像:写真AC

岡場所で働く遊女は「子供」と呼ばれていましたが、本当の子供ではなく、多くの女性が20代半ば過ぎでした。

夫や子供がいる女性も多かったようです。

幕末から明治中期にかけて活躍した浮世絵師「月岡芳年」は、深川にあった岡場所にておつまみと酒を運ぶ姿を描いています。

このことから、岡場所の遊女のなかには、給仕や雑用をこなしていた女性(飯盛女)もいたことがわかりますね。

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必要なお金

現代のお金で約1,000円~1万4,000円ほどだったようです。

年齢が高くなるなど需要がなくなれば値段が安くなり、若くて人気のある遊女は値段も高かったという点は、「吉原」や現代とも同じと言えます。

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