新選組4人相手に死闘を演じ「ぜんざい屋事件」に散った志士・大利鼎吉が詠んだ辞世の心【後編】 (4/5ページ)
「もはやこれまで……!」
時は元治年(1865年)1月8日、鼎吉24歳のことでした。
外出から戻ろうとしていた3人はぜんざい屋の異変に気づいて大和方面へ逃亡。大坂市中の炎上も大坂城の乗っ取りも未然に防がれましたが、これが世に言う「ぜんざい屋事件」の顛末です。
エピローグところで鼎吉は、死の前夜に辞世の句を残していました。
ちり(塵)よりも かろき(軽き)身なれど 大君に
こころばかりは けふ(きょう。今日)報ゆなり【意訳】塵よりも軽い私ですが、畏れ多くも天皇陛下を思う心だけは誰にも負けないことを、今日こそ証明いたしましょう!
まるで「明日死ぬ」ことを予言しているようですが、尊皇攘夷の志を抱いて土佐を脱藩し、逃げ逃げ逃げして苦境に耐え抜いている自分が、ただ一つ誇れる心を、死に華として咲かせたい……そんな思いで生きていたのでしょう。
「そんな大利君、ちょっと重すぎるよ」
現代日本に生きる24歳なら、悲壮感ただよう鼎吉の痛々しい姿を、そう笑うかも知れません。
「生きてさえいれば、もっと楽しいことがいっぱいあるよ」
確かにそれもそうでしょう。でも、自分が楽しいだけじゃ満足できない、それよりももっとスケールの大きな「みんなの幸せ」を願う若者たちが、昔はたくさんいたのです。