俺たちは用済みか!明治維新後、リストラされた奇兵隊や長州志士たちの叛乱「脱隊騒動」 (2/5ページ)
「やった!ついに幕府を倒したぞ!」
御一新(ごいっしん。世の中を一新すること。世直し)にあれだけの武勲を立てたのだから、さぞや報いてもらえるに違いない……元は農民や無宿者、郷士といった下層階級出身の志士たちは、新たな世に希望を抱いていたのですが……。
俺たちは用済みか!怒れる志士たちの叛乱「おい、一体どういうことだよ!」
明治2年(1869年)11月25日、長州藩主から山口藩知事となった毛利元徳(もとのり)から出された布告に、奇兵隊士らは騒然としました。
「そなたらの功労も解らぬではないが、我らもまた苦しいのだ」志士たちを慰撫・説得する毛利元徳(イメージ)。
布告は「現在、財政難であるから、臨時に雇っていた奇兵隊ら義勇軍約5,000名のうち、約2,000名を除き全員リストラする」というものです。
約2,000名については御親兵(ごしんぺい。藩主の親衛隊)として改めて召し抱えるということですが、その選抜基準も武功ではなく身分や家柄が重視され、もともと武士だったものに限られました。
「ふざけるな!困った時は『身分も家柄も問わぬ』など共に戦わせておきながら、いざ幕府を倒して御一新なれば、もはや用済みとばかり、血を流した同志を切り捨てるのか!」
11月30日、この処置に納得できない長島義輔(ながしま ぎすけ。