俺たちは用済みか!明治維新後、リストラされた奇兵隊や長州志士たちの叛乱「脱隊騒動」 (3/5ページ)
旧奇兵隊)や藤山佐熊(ふじやま すけくま。旧振武隊)、富永有隣(とみなが ゆうりん。旧鋭武隊)ら約1,200名は各隊を離脱。
これが後世に伝わる「脱隊騒動(だったいそうどう)」の幕開けで、明治3年(1870年)1月13日に浜田裁判所(現:島根県大田市)を襲撃。1月24日には彼らをなだめるためにやってきた知事を、山口藩議事館(現:山口県庁舎)に包囲してしまいます。
「御恩なき主君に奉公など要らぬ……野郎ども、これから第二の世直しじゃ!」
討伐にやって来た藩知事の軍勢も撃退し、混乱に乗じて決起した農民一揆なども吸収して約1,800名に膨れ上がった脱隊軍はますます士気旺盛、このままでは知事の命さえ危ない状況です。
激戦の末に敗北事態の解決を図るため、明治政府は東京に来ていた木戸孝允(きど たかよし。桂小五郎)を山口へ帰郷させ、改めて討伐軍約800名を再編させました。