贈答品に偽装した郵便爆弾で警視庁幹部夫人を爆殺、自供した真犯人が逮捕されない真相【未解決事件ファイル】 (2/2ページ)

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同容疑で他3名も逮捕され、1973年1月には「アメリカ文化センター」の爆破事件に関与したとして4名が再逮捕される。さらに、「日本石油本社ビル」「Aさん宅」の両事件に関与したとして、Bを含む4名と、新たに10数人が逮捕。計18人が一連の爆破事件に関与したとして逮捕されることになった。

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 しかし、一連の事件と結びつく物証が全く見つからず、彼らが所属していた「レーニン主義研究会」の拠点アパートからも何も証拠は出て来なかったという。一審ではBに死刑判決が下ったものの、元赤軍派メンバーが弁護人証人として出廷し、「機動隊宿舎にピース缶爆弾を投げたのは私だ」と証言。さらに、他の新左翼活動家が「我々のグループがピース缶爆弾を製造し、赤軍派などに配った」と名乗り出たことで大騒ぎとなった。

 結局、18人の被告たちは「疑いが強く残るが犯罪の証明がない」とされて無罪判決が下る。真犯人として名乗り出た2人の証言に関しては「両名がそれぞれの事件に関与している疑いは相当強い」が、「全面的には信用しづらい」として18人の被告の無罪の根拠には採用されなかった。東京地検は控訴するも、1985年に東京高裁が無罪判決を確定。さらに、この時点で真犯人に名乗り出た2人の犯行について公訴時効が成立していたため、誰一人として逮捕することはかなわなかった。

 こうして事件は迷宮入りすることになったのだが、2011年に再び事件は大きく動き出す。実行犯が名乗り出た書籍「40年目の真実」が刊行されたのだ。著者は「日本石油本社ビル」「Aさん宅」の両事件にリーダーとして関与したと本にて語っている。警察が冤罪を作り上げる構造、公安捜査のずさんな実態などを激しく糾弾する内容となっており、犠牲者となった夫人に対しては夫への贈答品を開けた行為を非難している。しかし、自らの犯行についての謝罪や反省は一切書かれていなかった。

 著者は爆弾事件の後、翻訳会社を起業し大成功を収めたそうだ。現在は悠々自適の生活を送っているそうだが、今になって犯行を認めた理由を「時効が成立し、真相を記録に残そうと考えた」と述べている。なお、警視庁幹部はこの書籍に対して「警察としては結論が出ている事件で再検証する考えはない」としているそうだ。

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