逆賊とされた蘇我入鹿を祀る神社が奈良橿原にあった!旅で見つけた隠れ歴史スポット【後編】 (5/7ページ)
入鹿神社には、様々な伝説や伝承があります。そのどれも、地元の人々の入鹿に対する愛情や尊敬の念が伝わって来るもの。そんな伝承を幾つかご紹介しましょう。
地元小網町では鶏を飼わなかった乙巳の変の際、中大兄皇子や中臣鎌足は、鶏鳴を合図に入鹿に斬りかかり、その首を刎ねた。そのため、小網町では昔はどの家も鶏を飼わなかった。
多武峯の談山神社へは参拝しない多武峯には、入鹿を殺害した中臣鎌足を祀る談山神社がある。小網町の人が参拝すると必ずといってよいほど腹痛が起きたという。
明日香村小原との縁組は禁止中臣鎌足の生誕地とされる明日香村小原出身の人と、小綱町出身の人の縁組は行ってはいけないとされていた。
改名を迫る明治政府の命令を拒む1889(明治22)年、神武天皇を祀る橿原神宮が造営された。その際に、明治政府は、逆臣である入鹿の名を冠するのは、皇国史観に反するとして、神社名を小網神社に変更するよう命じた。しかし、入鹿を尊敬する地元の人々は、この要求を頑固拒んだという。