胸中に秘めた熱い心…「鎌倉殿の13人」梶原景時が源平合戦で見せた獅子奮迅の大暴れ! (4/4ページ)
東日本住民≒坂東武士に対する蔑称)にも梅を愛する風雅の者がおった」
など称賛の声が上がるほどであったと言います。
「それはそうと父上、いつまでも子供扱いはおやめ下され!」
「うるさい!いくつになろうが、そなたは我が子……いいから帰るぞ!」
かくして梶原父子はみんな無事に生還。この武勇を人々は「梶原の二度駆け」と称えたのでした。
終わりにその後、景季らは敵将・平重盛(たいらの しげもり。清盛の五男)を捕らえるなど武勲を立て、大いにその勇名を高めます。
梶原景時と言えば、源義経(よしつね)をはじめ、多くの御家人たちを讒訴(ざんそ。他人を陥れる訴え)によって葬り去った冷徹非道の極悪人と思われがちですが、家族思いであったことは元より、無実の御家人については庇うこともありました。
私情を排して任務に臨む公正な態度が、時として(こと都合の悪い者にとっては)冷徹に見えることもあったでしょうが、すべては頼朝公の、ひいては鎌倉のため……その胸中に秘めた熱い忠義の心が、近年見直されつつあります。
※参考文献:
石川透ら『源平盛衰記をよむ 源氏と平家合戦の物語』三弥井書店、2013年3月
梶原正昭ら校注『平家物語』岩波文庫、2000年7月
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