なんと美しい!新聞の付録として絵師・月岡芳年が描いた徳川慶喜の正室・美賀君の浮世絵を解説 (2/7ページ)
ここには、以下のような分が綴られています。
『御簾中(将軍の正妻の意)は一条殿の御養女、実は今出川三位中将の御息女。
御名前は延子の方とおっしゃいます。
安政二年卯年十月に京から江戸へとお下りになりました。
同十二月に御婚姻され、慶応年中まで江戸の一橋邸にお住まいになり、明治元年、戊辰の年に駿州府中へお移りになりました。
当時は静岡紺屋町の徳川邸にお住まいになられました。
御顔立ちは美しくその御心はとてもお優しかったとのことです。
常磐(ときは)なる松(まつ)の
御蔭(みかげ)による人は
こころも色(いろ)も
ならへとそおもふ
これはまだ一橋の御館にお住まいになっていた時の御歌です』
この時代、徳川慶喜は征夷大将軍の職は解かれていましたが、上記の文が綴られた巻紙には殿上人として“雲”の文様が描かれています。