日本最古級の色街「木辻遊郭跡」をならまち(奈良市)で見つけた!旅で見つけた隠れ歴史スポット【前編】 (3/5ページ)
(写真:T.TAKANO)
なぜ、ならまちに最古級の遊郭ができたのか
日本に遊郭あるいは色町が最初にできたのはいつ頃なのでしょうか。奈良時代に成立されたとされる『万葉集』には、遊行女婦(うかれめ・あそびめ)という女性が登場します。
元来、遊行女婦は、鎮魂のため歌と舞いを演じる儀礼を行う女性を指した言葉といいます。古代において、神の神託を受ける女性は特別な存在と考えられ、そうした女性と触れ合うこともまた特別な力を得るとされていたのかもしれません。遊行女婦は、平安時代になると、遊女(あそび)という名に変わって行きます。
遊行女婦も遊女も、高貴な男性(皇族・貴族など)が開く宴席で芸能に従事するとともに、知り合った男性と情を結ぶ女性もいたようです。
【大伴旅人が心惹かれた遊行女婦・児島】大宰府の長官を務めていた大伴旅人が、大納言への栄転が決まり、平城京へ帰る時、水城の堰堤で「これで見納めか」と大宰府の方を顧みるシーンが『万葉集』にあります。
その時、過ぎし日に愛を交わした遊行女婦の児島と目が合います。児島は、おそらくは旅人を見送る人々の中に佇んでいたのでしょう。旅人と児島は、別れの悲しみに耐えられなくなり、以下のような問答歌を残しています。