戦国武将の「老後と終活」を暴く〈ビックリ長寿〉島津義弘は66歳で関ヶ原を戦う (2/3ページ)
死ぬ直前まで現役で、気概をもって老境を生きたという意味では、島津義弘(しまづよしひろ)が一番と語るのは、戦国武将のイメージソングを作詞し、歴史イベントや講演会に出演している「歴女」の小栗さくら氏だ。
「(島津義弘は)85歳まで生きて、関ヶ原の戦いの時点で、すでに66歳でした。関ヶ原の『島津の敵中突破』が有名ですが、その前に九州の桶狭間といわれる木崎原の戦い(1572年)では、10倍もの兵力差を跳ね返しています。戦いの後には、敵味方双方の戦死者の供養をしたり、人間としても懐の深さがあった。隠居したあと、最晩年には食も細くなって臥せっていましたが、家臣たちが『殿! 戦ですぞー』って鬨(とき)の声を挙げると、ガバッと起きてモリモリごはんを食べる。死ぬ直前まで戦が仕事という気持ちがみなぎっていました。その一方で家臣の子供を抱いて可愛がったり、奥さんに『あなたのことが心配だ』とか、『夜も眠れない』とラブレターを出す優しい側面もあった。人とのつながりを大事にし、長生きした人物でした」
とはいえ、長生きがいいのか悪いのか、微妙なのが真田信之(さなだのぶゆき)のケースだ。
大坂冬の陣で真田丸という出城を築いて奮戦した真田信繁(幸村)の兄。父親の昌幸、弟の信繁とは関ヶ原で敵味方に分かれ、徳川に従った信之は、信濃・松代13万石の大名になる。
河合氏は言う。
「信之は93歳までの長寿を生きていますが、死ぬ2年前の91歳頃まで跡目争いがあったりして、なかなか楽隠居することもできなかったのです」
長生きしたことで、辛い人生を味わうことになったのは皮肉というほかない。