西洋上げ巻、ザンギリ頭…文明開化の明治時代、男女の髪型はどのように変化したのか (1/4ページ)

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西洋上げ巻、ザンギリ頭…文明開化の明治時代、男女の髪型はどのように変化したのか

みなさんは、明治時代の人々の髪型がどんな感じだったか、イメージがつきますか?江戸時代に終わりを告げて、制度だけでなく文化の面でもたくさん西洋の影響を受けることになります。

今回の記事では、そんな開国後の日本人の衣食住の変化のうち、髪型に焦点をあててご紹介します!

ザンギリ頭を叩いてみれば……この都都逸(どどいつ)の意味は?

明治時代の最も有名な都都逸は、「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」ではないでしょうか。これは、明治4年(1871年)5月の『新聞雑誌』の第2号に掲載されたもので、人々のあいだで流行しました。

ザンギリ頭とは、ちょんまげを切り、洋風の髪型にした男子の髪型のことです。西洋人の髪型をまねたスタイルだったため、文明開化の象徴でもありました。

ちなみに、この歌の全文は、

「半髪頭をたたいてみれば、因循姑息な音がする。総髪頭をたたいてみれば、王政復古の音がする。ザンギリ頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」

というものです。

意味は「半髪頭(ちょんまげ)の人は古いものに固執している、総髪頭(そうはつあたま:男性の伝統的な髪型で、伸ばした頭髪をなでつけ、後ろで髷を作るスタイル)の人はちょんまげほどではないがまだ古い。そしてザンギリ頭の人は流行に乗っている」というようなものです。

政府の役人で外国を見てきた人たちは、西洋の人がちょんまげを「ピチキル(豚のしっぽ)」と呼んでバカにするのを聞いて恥ずかしいと思っていたそうです。

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