孤独死の現場を写真で公開するのではなくミニチュアで再現する意味 (2/2ページ)
■孤独死の現場は他者との関わりを一切感じさせない
孤独死に共通しているのは、周囲との関わりがないということ。近隣の人に挨拶をすることもなく、されても無視をする。呼び鈴を鳴らしても、居留守を使う。反対に、周囲の人とまめに挨拶を交わし、散歩に出るなどしていた場合は、死後2、3日で見つけてもらえるのだという。
■父親の死
先に書いた、便座に座ったまま亡くなってしまったミニチュアは、小島氏が自身の父親の死をきっかけにして作成したものだ。小島氏の父親の死因は、ヒートショックだった。ヒートショックで死に至るケースとして有名なのは、真冬などにお風呂であたたまった身体が脱衣所で急速に冷えて、血管などが破れてしまうもの。また、本来ならあたたかいはずの便座が、節電としてコンセントを抜いたために、冷たい便座で急死に至ったケースもある。
■孤独な人が孤独死をするわけではない
小島氏いわく、孤独な人が孤独死するわけではないという。なぜなら、故人にも、生まれたときには家族がいて、社会に出て人と関わってきた過去がある。友人と遊んだこともあっただろうし、趣味に生きて日々を楽しんでいたこともあるだろう。偶然、亡くなったときに一人だった、というだけのことだ。たとえば、離れた家族に連絡をしようと思いながらも、「まあ、いいか」と後回しにしたり、遠方の我が子の身を案じながら、「きっと大丈夫だろう」と思ったりしたことは、誰にでもあるだろう。しかし、「亡くなってからでは遅い」と小島氏の弁。「亡くなられる方も遺族も後悔なく過ごすことをしてほしい。今からでも実家のご両親に連絡を取ってほしい」と続けて語る。
■最後に…
今は人と関わらなくても生活できる環境が整い、確かにそれは便利である。その一方で、孤独死をむかえる人は後を絶たない。ぜひ小島氏のミニチュアを一度御覧いただきたい。そして感じるものがあるのならば、会いたい人に会いに行き、声をかけてほしい。それがあなたや、あなたの大切な人の何十年後かにこのような姿になることを、きっと防いでくれるだろう。