孤独死の現場を写真で公開するのではなくミニチュアで再現する意味 (1/2ページ)
昨今、孤独死はすでに珍しいものではなくなっている。亡くなるのは高齢者だけでなく、若年層にも見られる。行政の怠慢だとか、家族のサポートがあればだとか、人との関わりが重要であることを示唆する声がある一方、故人の責任だとして突き放すような態度を取る人もいる。そんな中で、孤独死の現場をミニチュアで再現する人がいる。小島美羽氏だ。彼女は特殊清掃の職に就き、それを通して見てきた現場の再現に注力している。なぜ、孤独死に焦点を当てたのか、それをミニチュアで再現する意図はどこにあるのかを、この記事に記していく。
■孤独死をリアルに感じることは難しい
孤独死というと、「ああ、怖いよね」と感じる人は多いだろう。しかし、それが我が身、近しい人に起こり得るとは考えがたいのが本当だろう。実感しようにも周囲に人がいて、孤独ではないから、しようがないのだ。社会的に人と関わっていたり、家族と一緒にいたり、一人暮らしだとしても、スマートフォンがあれば連絡を取れる人がいる。ソーシャルゲームのフレンドや、SNSにつなげば、一人ではないと感じられる。そんな状況下で、「孤独死のつらさ、怖さ」を説いたところで、漠然としたものになることは否めない。
■ミニチュアによって孤独死をオブラートに包みつつリアルに感じさせる
小島氏が意図するところは、ここにある。実際の現場を写真に収めたものを公開することは、人によっては強い拒絶を示す。しかし、ミニチュアとして再現すれば、その恐怖はオブラートに包んだようにいくらか和らぐ。そしてそのミニチュアと向き合ったとき、恐怖と同時に思うのは、「自分(家族)がこうなったら、どうしよう?」という、そこから一歩先んじた思考が生まれるのだ。
■細部までリアルに表現された孤独死のミニチュア
小島氏が再現するミニチュアは、とても細かく作り込まれている。部屋中に散乱するゴミやお酒の空き缶、ゴミ袋から中身があふれて腐乱したもの、トイレの便座に座ったまま亡くなったため、便器の中が真っ黒になってしまった様子などは凄惨を極めている。小島氏曰く、孤独死はこのような状況に至るケースがもっとも多いという。