義足を付けて舞台へ。幕末、日本で初めて義足をつけた歌舞伎役者「澤村田之助」の生涯 (1/4ページ)
黒船来航、開国、大政奉還、明治維新…約15年間の中で目まぐるしく情勢が変わっていった幕末。その時代の過渡期の中で、アメリカ医師の執刀によって両足を切断し日本で始めて義足をつけた歌舞伎役者がいました。
幕末から明治初期にかけて、歌舞伎界を牽引した三代目澤村田之助は、天才子役としてすでにその実力を認められ、安政5年(1858)に三代目澤村田之助を襲名。美貌と実力を兼ね備えた役者として、主に河竹黙阿弥の作品に数多く出演し、人気を博していました。
しかし、文久2年(1862)の「紅皿地皿」の舞台中に、宙吊りの状態から落下したことが原因で、脱疽(だっそ/細胞が死滅する病気)を患ってしまいます。
澤村田之助の細胞の一部はすでに機能しなくなっており、このままでは足を切断しなければならない状態でしたが、この人気役者の窮地を救ったのは、当時、横浜で医療活動を行っていた「ジェームス・カーティス・ヘボン」でした。