皇室史上、最後の女帝・後桜町天皇にまつわる聡明で慈悲深きエピソード (1/3ページ)
あまり知名度が高い天皇とは言えないかもしれないですが、2021年時点で最後の女帝とされているのが、後桜町天皇(ごさくらまちてんのう)です。元文五年(1740年)8月4日生まれ。父は、2代前の桜町天皇で、桃園天皇の異母姉にあたります。
この時代の女性天皇は、“中継ぎ”という意味が大きかったのですが、先代の桃園天皇が若くして崩御し、後継者とされた英仁親王が5歳だったので、即位することになりました。
当時、明正天皇以来、実に119年ぶりの女帝でした。在位期間は8年という短かさでしたが、その間、慈悲深い人格者として知られ、英仁親王の教育にも積極的に取り組んだといわれています。
そんな後桜町天皇にまつわるエピソードをいくつか見ていきましょう!
早くして息子・御桃園天皇を失うも、光格天皇の教育に当たる後桜町天皇(ごももぞのてんのう)は8年間の治世の後、皇位を13歳の英仁親王に譲り、上皇となって補佐することになりました。英仁親王は、後桃園天皇として即位しますが、元来病弱だったため、22歳で崩御。後桃園天皇は皇子を残していなかったため、閑院宮家から迎えられたのが光格天皇でした。
