このイケメン武士、何者?戊辰戦争で活躍した上田甚五右衛門のエピソード【上】 (2/5ページ)

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徳島藩士として蜂須賀家に仕える

上田甚五右衛門は徳島藩士として蜂須賀斉裕(はちすか なりひろ)に仕えました。この蜂須賀家はかつて太閤・豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)に仕えた蜂須賀小六(ころく。正勝)の子孫ですが、斉裕は養子。

子沢山で有名な江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉(とくがわ いえなり)の22男として生まれたところ、外様大名である蜂須賀家へ出されたのでした。

徳島藩を改革した蜂須賀斉裕。Wikipediaより

当時、徳島藩は放漫経営と重税によって国内が乱れており、天保14年(1843年)に23歳で藩主を継いだ斉裕は改善に着手。

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