このイケメン武士、何者?戊辰戦争で活躍した上田甚五右衛門のエピソード【上】 (2/5ページ)
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幕末の超イケメンとして知られる織田信福…実は爆弾テロ犯だった!? 徳島藩士として蜂須賀家に仕える上田甚五右衛門は徳島藩士として蜂須賀斉裕(はちすか なりひろ)に仕えました。この蜂須賀家はかつて太閤・豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)に仕えた蜂須賀小六(ころく。正勝)の子孫ですが、斉裕は養子。
子沢山で有名な江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉(とくがわ いえなり)の22男として生まれたところ、外様大名である蜂須賀家へ出されたのでした。
当時、徳島藩は放漫経営と重税によって国内が乱れており、天保14年(1843年)に23歳で藩主を継いだ斉裕は改善に着手。
