まさに江戸時代版ロックダウン…文政コレラを収束させた幕府の水際対策は「箱根関所封鎖」だった! (3/6ページ)

Japaaan

東海道五十三次 箱根 国立国会図書館蔵

参勤交代においても約150藩に届くくらいの大名が通行していたと言います。コレラはその東海道を沿うように東へ東へと広がっていきます。

このように徐々に江戸へ忍び寄るコレラに対し、幕府が講じた水際対策とは…?

人の流れが感染要因と考えた幕府

先述の東海道は江戸と京坂を結ぶ主要街道で、そこを行き交う人の流れが感染の要因と考えた幕府は、箱根峠の関所封鎖をすることで人流を抑制しようと考えました。

関所とは、街道を往来する数多くの旅人たちに対し「手形」というパスポートでもって通行の手続きをする機関です。元々、街道は参勤交代や遠国奉行等、公用の遠出をする武家のために整備されましたが、お伊勢参り等の物見遊山を目的とした旅行がブームを呼ぶと次第に庶民たちの利用も多くなっていきます。

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