武士の誠を見届けよ!幕末「神戸事件」の責任を一人で背負い切腹した滝善三郎のエピソード【下】 (2/4ページ)
この腹一つで各国と和親が復するならばお安い御用。奉公人として、これ以上の本懐はございませぬ……!」
アヘン戦争でイギリスに惨敗を喫した清国。Wikipediaより
このままでは、神戸は(先のアヘン戦争でイギリスに奪われた香港のような)植民地にされてしまう……日本の未来を切り拓くため、今は欧米列強の傲慢を耐え忍ばねばなりません。
「あの毛唐(※)どもに、目にモノ見せてくれましょう……」
(※)けとう。欧米人、主に白人に対する差別用語(現代では不適切ながら、当時の欧米列強に対する反感を描写するため、あえて使っています)。
かくして迎えた慶応4年(1868年)2月9日、いよいよ善三郎は切腹の晴れ舞台に立ったのでした。
きのふみし 夢は今更引かへて 神戸が宇良に 名をやあげなむ
【意訳】昨日見た夢を今に引き換えて神戸の浦に名を上げる機会を得た≒かねて夢見ていた功名の機会を、ここ神戸にて実現したぞ!
辞世を詠み上げた善三郎は、古式ゆかしく短刀を己が腹に突き立てます。