武士の誠を見届けよ!幕末「神戸事件」の責任を一人で背負い切腹した滝善三郎のエピソード【下】 (1/4ページ)

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武士の誠を見届けよ!幕末「神戸事件」の責任を一人で背負い切腹した滝善三郎のエピソード【下】

前回のあらすじ・「神戸事件」のいきさつ

時は風雲急を告げる慶応4年(1868年)1月11日。後世に言う戊辰戦争の真っただ中、岡山藩士の滝善三郎(たき ぜんざぶろう)らは任務の途中にフランス水兵と衝突

「無礼者!」

進路を妨害されたことを憤った善三郎が、水兵の一人を槍で突くと反撃を受けて銃撃戦に発展してしまいます(神戸事件)。

その場では死者もなく、数名の負傷者だけですんだのが不幸中の幸いながら、列強各国を巻き込んだ騒動が、これで収まるはずはありませんでした……。

前回の記事はこちら

武士の誠を見届けよ!幕末「神戸事件」の責任を一人で背負い切腹した滝善三郎のエピソード【上】

とくと見届けよ!善三郎のほとばしり出る赤誠

「Protégez immédiatement les résidents japonais!(ただちに在留邦人を保護せよ)」

欧米列強は居留地防衛のために神戸港を武力占拠し、停留している日本船舶を片っ端から拿捕します。

その要求は事件の再発防止と日本側の現場責任者たる善三郎の処刑。数名負傷の被害に対してあまりに重すぎる、そもそも事の発端はそちらの無礼行為(供割)ではないか……日本側の必死な抗弁も虚しく、ついに善三郎の切腹が決定しました。

「……善三郎」

「是非もなきこと。

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