武士の誠を見届けよ!幕末「神戸事件」の責任を一人で背負い切腹した滝善三郎のエピソード【下】 (3/4ページ)
(とくと見届けよ!ほとばしり出る我が赤誠……これが日本の、武士の最期ぞ!)
ザジュザジュと切り裂いた腹の中からグロングロンと腸(はらわた)を取り出し、弟子の介錯によって相果てました。享年32歳。
「「「Oh……!」」」
善三郎のおどろおどろしく壮絶な最期は、その検屍に立ち会ったイギリス外交官のアルジャーノン・ミットフォードによって生々しく伝えられ、世界的な衝撃を与えたということです。
「日ごろ温厚で親切だけど、実は内心で極限まで耐え続けており、いざキレると何をしでかすか分からない底知れなさがある」
日本人のそんな評価は、この頃から始まったのかも知れません。
エピローグ善三郎の切腹によって神戸の平和は取り戻され、新政府軍は旧幕府軍の討伐に全力を注ぐことが出来るようになりました。
その功績により、善三郎の嫡男・滝成太郎(しげたろう)は岡山藩の直参(じきさん。直接仕える家臣)に取り立てられて500石を賜り、長女のいわには婿を取らせて滝家を継がせ、こちらも100石を賜りました。